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大洗に行ってきた話。

 2012年秋、一つのアニメ作品が地上波で放映された。タイトルは「ガールズ&パンツァー」、戦車と5人の女子高生が描かれたキービジュアルとよくわからないストーリー。放送前はたいして騒がれもしなかったこのアニメがもたらした影響を誰が予想し得ただろうか?  放送が開始されると、王道ストーリー、戦車道というぶっ飛んだ設定、そしてなによりも緻密なミリタリー描写やミリタリーファンの心をくすぐる細かいネタが仕込まれ、アニメファンのみならずミリタリー方面でもファンの心をつかんだ。「なんだこれは、わけがわからないが面白いぞ!」放送当時は私もそんな心境だった。  一話、また一話と放送されるごとに反響は広がった。そして視聴者の前には縦横無尽に戦車が走り回る舞台として関東の小さな町が刻み込まれた。それが茨城県東茨城郡大洗町だった。  アニメ「ガールズ&パンツァー」全12話は、制作の遅れから10話と11話の間に3ヶ月もの期間があくという、一歩間違えれば致命的にさえなる状況となったにも関わらず大盛況のまま完結し、Blu-rayの売り上げは4万枚近くに達するなど、その人気は  さて去る3月20日に大洗に行ってきた。毎年この時期に行われる大洗 の春祭りである海楽フェスタに参加するためだ。  地元である浦和から新松戸に出て、柏、取手で乗り継ぎ常磐線でひたすら水戸を目指す。取手から普通列車に揺られて1時間半くらいで水戸、そして大洗鹿島線に乗り15分で大洗である。  水戸駅の大洗鹿島線ホームには多くの人が並んでいた。誰も彼も大洗に向かう人だ。2両編成のディーゼルカーはたちまち車内は満杯になった。  ごとごと揺られて15分ほどで大洗に到着する。  首都圏でもよく知られたリゾートである大洗町は、2011年の東日本大震災において津波の被害にあった。幸いにも直接の犠牲者は出なかったが、町への被害は甚大だった。そして追い打ちをかけるように福島の原発事故が重なり、リゾート地であった大洗は以前の活況を失った。そこに現れたのがガールズ&パンツァーであった。  駅を降りると、多くの人が駅前で写真を撮っている。この大洗駅は作中でも何度も登場した。バスに乗り込みメイン会場である大洗マリンタワーと隣接したリゾートアウトレットへ向かう。  マリンタワーとリゾートアウトレットの周辺は大変な活況に包まれていた。ファンが持ち込んだ手作り戦車がならび、ファンが熱心に写真を撮っていた。ガールズ&パンツァーだけでなく地元の商店が出す屋台も並んでいる。思い描いた普通の祭りのようなテキ屋は一点もなく、飲食品はみな地元から出店されているようだ。ガルパンの物販が盛況なのは言うまでもないが、それを上回るような長蛇の列が地元の飲食店にもできている。特に盛況なのは特産品であるあんこうを使った料理だ。あまりにも並んでいたので私はついぞ食べずじまいだった。あんこうもガルパンの作品中に登場する。仕方がないので腹を空かせた私は、屋台を探し、しらす丼とつみれ汁にありついた。地元の漁師のお母さん方がつくるしらす丼とつみれ汁は実 においしかった。ただ白ご飯の上にしらすがもられ、醤油がかかってるだけの丼であるが、箸が進む進む。ドイツのフランス侵攻もかくやという勢いである。江ノ島でもしらすを食べたことがあるが、大洗のほうが断然うまい。  腹を満たした私はさらにウロウロとした。リゾートアウトレットではエスカレーターを写真に収める人が多々見受けられた。どこからどうみてもただの登りエスカレーターである。本来なら奇人変人に見られてもおかしくないだろう。しかしそうではない。このエスカレーターは作中に登場しているのだ。昨年の11月に公開された劇場版では再び大洗の街中で戦車戦が行われた。その試合のなかでこのリゾートアウトレットに戦車が乗り入れ、このエスカレーターを降りる描写があるのだ。大洗ではただのエスカレーターすら聖地になっている。  アニメの聖地になるというのは現実の街をテーマパークにするようなものである。  テーマパークの来場者はその地に対して、ある種の幻想を抱いている。ディズニーランドに行くことを考えてほしい。あなたはディズニーランドは夢の国であるという前提で行くはずだ。現実には来場者とふれあうミッキーマウスは着ぐるみで、中には得体の知れない人間が入ってるとしても、あなたはそれを気にすることはないだろう。これはテーマパークが来場者に与える幻想である。  聖地も同じだ。聖地を訪れるファンは作品の中に登場する地に対して幻想を抱いている。聖地において、その作品の雰囲気をぶち壊すようなことは許容できない。数年の間だけ町おこしをするのであれば、ファンの幻想を壊さないように、その作品にのっかればよい。  だがしかし聖地は20年後も30年後も聖地であり続けることは難しい。アニメにせよ何にせよ人が飽きるからだ。では聖地を2、3年ではなく20年330年の町おこしに結びつけるにはどうすればよいか?ファンに幻想ではなく現実を与えてやるのだ。幻想ではなく現実の街を好きになってくれるように行動すればよいのだ。すなわちその地の観光資源、特産物、人、様々な要素をファンに植え付け聖地だからではなくその地であるからその地に来るという循環を作り出さなくてはならない。  大洗の成功はまさしくこれである。私は再びしらす丼を、そしてあんこうを食べるために大洗へ行くだろう。


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